忍冬酒

時を越えて半世紀ぶりに復活、そしてリニュアールして復活

平成22年より発売開始しました。大ブレイク中。

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夏には水割り

忍冬酒1にロック氷数個、水2で割りました。

冬でも枯れないで耐え忍ぶ
どこか似ていませんか?
切ない女心を感じたら
キリット冷してどうぞ

甘いお酒と辛いキムチが合うかも?
スイカズラの花言葉は「愛の絆」

家康が愛した、”長寿”の酒

容量500ml アルコール分14%

 定価 1575円
  (本体価格1500円)

企画   遠州夢倶楽部
発売元 (株)鈴代商店
製造  三河みりん株式会社

遠州忍冬酒とは

忍冬酒は、その昔、東海道を通る諸大名が進物用に買い求め、旅人は浜松の宿に着けば忍冬酒が飲めると楽しみにし、旅の疲れを癒し、交流にも一役かっていたという。
神谷権兵衛が醸造に成功して以来19代続いた「忍冬酒」は昭和18年に戦火の影響もあって製造を中止されていました。そして、半世紀以上時が過ぎましたが、浜松地域の地場産品開発のかけ声の中、平成9年12月に「遠州忍冬酒」として新しく生まれ変わり復活しました。
「遠州忍冬酒」は多様化した現代にマッチした酒で金銀花(スイカズラ)の成分が日々のストレスを解消し、仕事の疲れを癒し、明日への活力を生み出します。

浜松幻の名酒の由来

徳川家康が生涯現役で75才という、当時としては異例の長寿を保った家康の健康法には、まだ明らかにされていない秘密がたくさんあると言われております。その秘密のひとつに「忍冬酒」があります。忍冬酒の忍冬は「スイカズラ」のことです。この花弁や茎、葉から造る酒は体を暖め滋養強壮に効果があると言われております。家康は数々の戦を戦い当地三方原の戦いではピンチピンチの連続であったと言われております。そんな中で忍冬酒を口にして家康が「ファイト一発」ピンチを脱出したことは史実が物語っております。まさに慶長のOOビタンDと言ったところでしょう。また、5月から6月に花を付けるスイカズラ自体、漢方薬で関節の痛みに効くといわれております。この当たりからも飲んで見る価値がありそうです。
浜松で忍冬酒が製造されたのは戦国時代の永禄元年からとされています。家康が三河から浜松に本拠地を移した頃、浜松で薬草の研究をし、忍冬酒を造っていた神谷権兵衛が家康の命を承けて本格的に製造を始めたと言うことです。家康はこの酒がことの他気に入り、その後家康が神谷家を優遇し、太刀や家屋敷を与え保護しました。家康愛用の薬酒との評判をとった忍冬酒は浜松の名物の一つになりました。
徳川家康の覇権が確立されて各藩から進物用などに使われ注文が殺到し神谷家は地元の童歌にも歌われるほど繁盛しました。明治以降も製造されましたが、第二次世界大戦の戦乱の中、昭和18年製造中止となってしまいました。

スイカズラ

ほぼ日本全土の山野にふつうにみられるスイカズラ科のつる性半常緑低木。茎は枝分かれしてどんどんのび、ほかのものにからみつく。5〜6月、枝先の葉のわきに2個ずつ花がさく。花は長さ3〜4cmの筒形で、先が大きく上下にさけ、はじめ白色、のちに黄色になる。花の基部にあまい蜜がたまっているのをすうことから吸葛(すいかずら)の名がついたといわれる。また、冬でもかれないというのでニンドウ(忍冬)の別名がある。
スイカズラ科
双子葉植物のスイカズラ科には約500種があり、ユーラシア大陸、日本、台湾など、北半球の温帯地域に多いが、熱帯の山地にもひろがっている。低木、または小さな木がほとんどだが、草本でもニワトコ、日本のスイカズラ(ニンドウ)など

よく知られたものがある。葉は茎の両側に対生し、葉の基部に托葉(たくよう)がついていない。萼(がく)と花冠は合弁で、子房の上につき、ふつう5個の雄蕊(おしべ)が筒形の花冠の内側につく。果実は、液果であることが多い。
スイカズラ科には観賞植物が多く、スイカズラ属のツキヌキニンドウのようなつる植物、ニワトコ、サンゴジュ、ガマズミ、ヤブデマリ、ツクバネウツギ、タニウツギ、ヒョウタンボクなど30種以上が栽培されている。ニワトコ属には楽器用の木材がとれる種、果実や花が酒やジャムの原料になる種などがある。日本のスイカズラはアジアから北アメリカ東部につたわり野生化していて、ほかの植物におおいかぶさり、在来の植物をからしてしまうことが多い。